コロナ禍が五輪の意義を改めて考える機会に

公開日 2021.05.29

東京五輪・パラリンピックが迫る中、コロナ禍の緊急事態宣言が再び延長されました。改めて都民の一人として五輪の意義を考えてみました。

プロスポーツや人気競技は別格ですが、多くの競技では「五輪」が世界最高峰の大会です。例えば、サッカーでは「W杯」が、テニスならば全英・全米等の四大大会が最高峰ですから、プロ選手にとっては、五輪は格下のお祭りのようなものでしょう。しかしながら、陸上競技や水泳をはじめ、日本が強い柔道や体操等の多くの競技では、五輪が全ての頂点です。同様に、それらの競技では、ファンもメディアも世界最高レベルの戦いを五輪に期待しています。

思うに、今や五輪は巨大化(ビジネス化)し過ぎたのではないでしょうか。経済的に一つの都市で一定期間内に凝縮して開催出来るレベルを既に超えています。多くの競技団体は、それぞれの世界選手権やW杯の価値を高めることで、五輪の位置付けを変えていくべきではないでしょうか。

コロナ禍は改めて、夏季・冬季を含めて五輪の意義を考える機会を与えてくれています。五輪は経済効果を見込むイベントではなく、国際交流・親善や社会貢献の意義を重視するべきです。プロ化できない多くのスポーツ競技では五輪の役割は極めて重要ですから、主催都市や国の税金の使われ方もそうした競技選手やファンのための意義を評価すべきです。

差し迫った東京大会に対して、政治家や官僚だけでなく、都民や国民一人一人が他人事とせずに、自分の考えを持つことが大切だと思います。